bullet proof soul / side-B

じつは防弾仕様になっておりません

  望楼館追想 / エドワード・ケアリー  

望楼館追想 (文春文庫)

望楼館追想 (文春文庫)

周囲の開発から取り残されたかのような『望楼館』。かつては一帯を地所としていたオーム一族の邸宅だったが今では20数世帯分に小さく区切られ、そして現在住んでいるのはほんの7人だけ。そのメンバーは、24時間白手袋をはめて暮らし他人の愛したものを盗んでは収集する『ぼく』フランシスをはじめ、慇懃無礼な『門番』、犬として生きている『犬女』、四六時中観ているテレビドラマの世界に生きる老女『ミス・ヒッグ』、汗と涙を流し続ける元教師、そしてフランシスの両親。彼らは皆、世界から隔絶されたこの場所で、それぞれの殻に閉じ篭ったまま世界の終わりを待っていた。そこへ一人の女性アンナが引っ越してくる。フランシスはこの新参者を静かな暮らしを乱す者として追い出そうと画策するが、彼女は他の住人と親しくなり、皆の心を解し始める。そして住人達それぞれが、痛みの伴う自分の過去を思い出し、止まっていた時間が再び流れ始める・・・・・・・・。

グロテスクで美しく、滑稽でもの悲しい、そんなお話。
フランシスは以前、蝋人形館に勤めていた。蝋人形に混ざってじっと動かずにいることでお金を貰っていたが、今では町の中心でその芸を見せ日銭を稼いでいる。内面と外面、両方の不動性を誇る人物。不動性・・・・それは空っぽの別名。彼は愛された記憶が無く、それ故他人の愛したモノを盗み、地下の自分だけの場所(先祖の幽霊だけが住んでいるという)にロットナンバーを付けて収集している。父も母も生きてはいるが、それぞれ自分の中に保存している過去に囚われ片方は椅子に片方は寝室に閉じこもっている。他の住人は?そう彼らも自身の大きな事件以来現在を生きる事が出来なくなっていた人々なのだけれど、その事件、過去すらおもいだせなくなってしまっていたのだ。そして突然やってきたアンナ。彼女自身がもうすぐ盲目になる運命を背負っている。彼女はしかしそれに負けず今現在を強く生きようとしているひと。彼女の登場は、まるで静かな水面に投じられた小石のように波紋を広げ・・・・・・・・。フランシスが彼女に惹かれながらもそれを認めない様子、認めながらも自分を守るためにちょっと間違った方向へ言ってしまう様子が痛い。『犬女』も『教師』もテレビに生きる『ミス・ヒッグ』さえも押し殺していた過去を取り戻し、いろんな意味で望楼館を去るのだけれど、フランシスの両親さえも現在を(それぞれ逆方向から辿り)認識することになるのだけれども、それって幸せなの?魔法が解けるのは幸せなの?必要だった。それは確かに必要だったのだけれど。痛すぎて涙がでる。この物語を評判どおり「癒しと再生の物語」と読めなかったのは、自分が目を逸らしているもののせいなのかな。すごく面白い小説。それだけは言える。けど、大変なのはこれからだよ。望楼館がなくなってからのこれから。現在に両足をつけたそれからだ。不動性とは無縁のこれからだ。
フランシスは、『愛されたもの』をその理由込みで集めていた。巻末にその目録がある。痛い。彼は『愛される』という事をよく研究していて、それでいて『愛されない』自分を認めていた。それはアンナと小さなフランセスとの生活、シティ・ハイツでの仕事によって克服されたのだろうか。アンナは彼の白手袋を脱がせた。
それともそれは目録996番目の収集品を戻した事で折り合いがついたのだろうか。